環境コラム☆辻理事長@藤前干潟を守る会による環境へのメッセージ
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ダイシャクシギ82

ながれ

  時の人、福岡伸一さんの講演を聞いた。
「生物と無生物のあいだ」は五十五万部の大ブレーク、誰もが関心を持つテーマだが、「もう牛を食べても安心か?」で、狂牛病の解析からいのちの仕組みに迫る、平明で詩的な文体に読者が魅了されたからでもあろう。ロハスを実践する福岡さんの、ゆったりとした話しぶりに、時の立つのを忘れた。

 ―食べた分子は、忽ち全身に分散し、一時とどまり、また抜け出ていく―シェーンハイマーが発見した「動的平衡にある流れ」こそ生命のありようという。私たちの身体は、臓器や骨格でさえ、分子レベルで常に更新されているというイメージはやや意外だが、方丈記に親しんだ日本人にはなじめる。
福岡さんは、輝ける先端分子生物学が、生命をミクロな部品の集まりと見るこれまでの機械論的生命感を否定し、臓器移植や、遺伝子組み換えなどの、操作的介入の限界を示しているという。

やわらかな適応力と滑らかな復元力をもつ生命に感動し、生命に部分はなく、全体とつながり、環境ともつながっていると言われたのも新鮮だった。
体を構成している炭素は、地球上で有限であり、生命は、還元状態にある炭素しか利用できない。食料も燃料も、還元状態の炭素であり、それを燃やしてエネルギーを得れば燃えカスは酸化状態の炭素CO2になる。CO2から炭素を得る、逆方向の営みをしてくれるのは植物しかない。酸化→還元にはエネルギーが必要で、太陽を使った光合成がその全てなのだ!

森を伐ることも、干潟を埋めるのも、まさにこの根本摂理に反する。
折しも韓国で開催されるラムサール会議は「健康な湿地、健康な人々」がテーマだ。私たちもブース参加するが、謙虚に自分たちの体験を伝え、自分が生かされている環境とどうかかわるのか、「生命のもつ時間」という視点からも考える機会にしてきたい。              辻 淳夫
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